【映画鑑賞】終戦のエンペラー

明日は終戦記念日。何か面白そうな映画はやってないかなーと映画館のサイトを見ていて知った作品。ちょうど早起きしたので見に行ってきた。

ところで,最近艦これがはやっていますよね。かくいう私もどっぷり浸かっています。その影響がないとは言いきれないけど,改憲だ何だと騒がしい世の中ですから,たまにはこういう社会派(かどうかはしらないけど)映画もいいのではないかな? と。

あらすじ

t24
1945年8月、日本が連合国に降伏し、第二次世界大戦は終結する。8月30日、マッカーサー元帥が日本に上陸、彼は部下のフェラーズにある極秘調査を命じる。「戦争の真の意味での責任者を探せ」それは、日本に対して格別な想いを抱くフェラーズにとって重く、困難な任務だった。調査期限は10日間。連合国、マッカーサー、フェラーズ、彼とは対立するGHQの一派、そして日本の未来を守ろうと暗躍する人々の思惑が激しく交錯する…。

Fellers Film・監督:ピーター・ウェーバー 主演:マシュー・フォックスほか

感想:★★★☆☆

ハリウッドもこういう映画作るんだね。今更「戦争責任が~」と蒸し返すのは意味が無いと思うけど,それを大衆向けに映画化するとは意欲的であるな。

さて,今回の映画の登場人物は主に4人。ご存じGHQ司令長官マッカーサー・「調査」を命じられたフェラーズ准将・フェラーズが恋仲にあった日本人女性マヤ・フェラーズの通訳兼運転手を買って出たタカハシ。主にこの4人で話が進む……というよりは,主にフェラーズの行動を追っていく映画となっている。

日本が太平洋戦争に「無条件」降伏し,マッカーサーが厚着飛行場に降り立ったシーンは有名に過ぎるけど,そのあとの占領政策には大きな分岐点があった。すなわち,天皇を戦犯として裁くか否か……という問題だ。ドイツで言えばヒトラーは自決したし,イタリアのムッソリーニも処刑。形の上から見れば,日本を「統治」していた天皇もどうようの罪になるのは明白だ。

しかし理解に苦しむのが日本という国の独自性。日本の天皇制自体,日本に住んでいても理解は難しいし,アメリカ軍人からしてみたらなおのこと。アメリカ本国では次期大統領選の支持を得るためにも,天皇処刑を支持する声が大きかったという。
ただし軍国主義の教育がいまだ根付く日本から天皇を取り上げることは,得策ではないと判断したマッカーサーは,最終的に天皇制の維持を決断(この映画では,天皇制が崩壊した隙間に入り込むであろう共産主義に対して予防策を張る意味もあったと説明されていたね)。歴史的な流れはおおむねこんな感じ。

この映画「終戦のエンペラー」は,このような思惑があったにしろ,天皇制という独特の背景を持った日本の終戦処理を模索する過程を追うものになっている。具体的には,「天皇に本当に戦争責任があるか」という「調査」を命じられたフェラーズの軌跡だ。

上に書いた背景から,天皇の責任を「無い」と証拠づけたいGHQは,戦犯として逮捕した用心に対して「天皇に戦争責任はない」という署名にサインするよう押しかける。作中では東条英機(セリフ無し)・近衛文麿などが登場し,特に近衛は日本の行いは英米と比べても同様のもので,違うのは戦争に勝ったか負けたかの違いだけだ――と反駁。2人は結局サインしないのだが,ここらへんの理由は明らかにされていない。この署名活動(?)も,恥ずかしながら私は初めて知った。ちょっと,ずさんだね。というか不親切か。

天皇側近の関屋と面会するに至ったフェラーズだったが,そこで決定的に「日本」という文化との隔たりを感じる描写はなかなかに興味深い。この映画のハイライトの1つだ。しかしそのまま「天皇制」を理解するに至らず,結局は昭和天皇秘書であった木戸幸一が『木戸日記』(wikipedia参照)を提出し,これを契機として天皇制維持が決定づけられた――かのようにこの映画は描いている。

ただ本当かなあ,と思ってwikipediaにて調べてみると,東条英機の項目に天皇制に関して記述がある。「開戦の責任は自分のみにあって、昭和天皇は自分たち内閣・統帥部に説得されて嫌々ながら開戦に同意しただけであると明確に証言し、この証言が天皇の免訴を最終的に確定することになった。検察側は弁護人を通じて東條に、天皇免訴のためにスケープゴートとなることを要請しており、東條の証言はそれを受け入れてのものであった。」と。「要請」とあるから,これもGHQによるのだろうか。前述した,共産主義に対する策の延長かしら。

まああくまで東条英機の証言は最終的な判決に寄与したのであって,マッカーサーはじめフェラーズにとっては『木戸日記』がきっかけになったのだとしても何らおかしいところはない。ここらへんは調べてみると興味深いような気がするが,ちょっと時間が無いのでパスしておこう。あくまで映画感想文のはずなのになんでこんなことを書いているんだろうね……ということで映画は終わる。

しかし何故かフェラーズの恋仲の日本人女性があたかもキーワードであるかのように登場したり,タカハシの感情表現も乏しい。タカハシはタカハシで人間味のあるキャラクターだったと思うが(いきなり矛盾してるが),焦点があてられないのは映画のテーマ上仕方ない。

個人的に理解に苦しむのがこの恋仲の女性であって,ぶっちゃけ,まったくストーリーに関与しない(彼女の父が海軍大将で,彼の話を聴くことが出来た……くらい。もっとも,この場面は映画中2度生起し,それなりに重要な部分でもあるのだが)。会えないつらさを涙に流して酒を飲む描写など,いらない気がしてならない。

そんなこんなで部分的に不可解な構成が目立つ映画であるのだが,扱うのが難しいテーマを映画にしたことは評価できる(偉そうでごめんなさい)。バトルもない,ファンタジーもないのだからfunnyな面白さはなくて当然で,interestingな面白さは感じられた。

ただ,映画としては意欲的だが目新しいことはない。構成上の問題が目に付きすぎたからかもしれないが,wikipediaでも読んだ方が多分に勉強になるだろうと思う。ので,そこまで積極的にお勧め! な映画ではないことを最後に申し上げて,このエントリーを締めたいと思う。

Share this:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。