どうもayijkです。
仙台3日目。今日は座学などなく,1日中実仕事をしていました。疲れましたがすンごい充実しています。
充実していますが,すンごい疲れます。
今夜は湿布を貼って寝ます。笑
いくつか,今日の仕事を通じて朧気ながら痛感した「鉄則」のようなものがあるのですが,それをこの未熟極まりない状態のまま文字にしてしまうことは憚られますので,今回は省略します。
自分の体験と納得が追いついたら,改めて文字にしたいと思います。
そんなわけで,今日はすンごいしょーもないブログ。
鬼に金棒
古きに曰く,
日本の諺(ことわざ)「鬼に金棒(おに に かなぼう)」で知られる通俗的イメージの鬼が持つ金棒は、金砕棒を元にしたものであり、15世紀末前後成立の『鴉鷺合戦物語』に、「鬼に金撮[5]棒成べし」との記述があり、中世軍記物に明記されている。『鴉鷺物語』の記述からも、15世紀時点では、まだ略されておらず、砕の字も統一されていないことがわかる。
一般的に全鉄製で棘(とげ)が付いているが、先述のとおり、この棘は八角棒に鉄板を貼り付けていた際の固定用の鋲からの発展と思われる。
鬼と金砕棒に関する話としては、『小田原北条記』巻八「鬼に出会った朝比奈弥太郎」に記述が見られる。天正10年(1582年)のこととして、日金堂のふもとに、色黒で筋肉たくましく6、7尺(2メートル)はある、男とも法師とも山伏とも見えない風体のものが立っていて、髪は剃っていたが、僧の姿はしておらず、鉄尖棒(かなさいぼう)とみられるものを肩にかついでいた。その異形の者は朝比奈一行に、自分は無害な存在だが、後から来る女に待っているから速く来いと言伝を頼む。その後、出会った女に伝えると、しばらくして女の悲鳴が聞こえ、行ってみると、葬儀の最中であり、色々説明を聞き、女が霊魂であり、日金の辺りに地獄があり、異形のものは鬼であったのだろうという結論に至った。
Wikipedia・金砕棒
魚介ラーメンに生姜
魚粉が舌に残るような魚介系ラーメン。
これに店長さんのご厚意で山盛りにしてくれた「おろし生姜」をドボンすると最高に美味しいことを発見(「魚介系に生姜って合いますか?」と訊いたら「わっかんないけど,山盛りで試してみます??」とのことでした)。
あまりに美味しくて生姜後の写真を撮るのを失念してしまいました。超お勧めです,皆さん是非。
今日のTwitterから
しょうもない記事を書いてしまった罪悪感を消すために,最近Twitterで「いいね」したもののなかからいくつかピックアップして紹介します。
どんなに頑張っても会話が続かない人がいる。そういう人ってこちらが質問をすると答えてくれるんだけど、質問をこちらに返したり話を広げてはくれない。そうすると質問をし続けるほうも答え続けるほうも疲れてくる。いい会話って、お互いに相手に興味がないと成り立たないんだと思った。
— はあちゅう (@ha_chu) 2017年6月1日
はあちゅうさんの投稿は思わず頷いてしまう様なものが多いですね。昨今「コミュニケーション」という言葉が一人歩きして重要視されるようになってきていますけど,本当に必要な心がけは「相手への興味」とかその程度のものなんですよねきっと。
職場の先輩も同様のことを仰っていて,大変参考になったツイートでした。
人生に面白いことが無い人は人が面白そうにしていることを否定するのに一生懸命になる。そのためにいつも他人ばかり見てますます自分に向き合う時間がなくなる。他人を見ている時間に自分を見るか、人が面白そうにしていることに思い切ってのってみると人生は面白くなっていく。
— はあちゅう (@ha_chu) 2017年6月1日
またはあちゅうさん。
「面白い」と素直に楽しむことは何よりも大事ですね。それは気をつけるべき「姿勢」ではなくて,自然体でそういう風に感じられる人間性をこそ育てたい。
子ども向けの記事が大人の心にも沁みる。「自信のないあなたへ」朝日小学生新聞 pic.twitter.com/AcLfSPIAag
— Sicily (@callmesicily) 2017年5月31日
自信を持ちましょう。
できないことから目を逸らすのではなく,むしろしっかりと殺すくらいのつもりで睨めつけてやるには,現状でできることに多少の安心感を得ることも必要なんですね。人間,強がってばかりじゃ生きられない。
ペアルック pic.twitter.com/dEyVORMvCN
— タダノなつ (@MmmS268) 2017年5月31日
はい可愛い。
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