傑作のすすめ:『とある飛空士への追憶』

  • 2017-03-31
  • 2020-05-18

先日いきなり思い立って,『とある飛空士への恋歌』(全5巻)というライトノベルを読み直しました。
全5巻のシリーズで,恋と空戦を扱う名作です。ちょっと前にアニメ化もされました。

『恋歌』完結後は『とある飛空士への夜想曲』『とある飛空士への誓約』と続くのですが,このいわゆる「飛空士」シリーズの第一作となるのが,『とある飛空士への追憶』(全1巻)という紛れもない傑作です。
冒頭述べたように『恋歌』を読み直したのですが,その後どうしても『追憶』が読み直したくなり,貪るように一心不乱に読みました。

そして読み終え,身の内に溜め込んだ緊張を吐く細い息に乗せてながら,その感動冷めやらぬままにこうして筆を執り,情熱の赴くままに紹介記事を書こうと思い立ちました。
筆力不足のため魅力を十分に伝えられているか怪しいですが,興味を持っていただければ幸いです。

以下,物語進行上のネタバレはありませんが,(「この表現が好きだ」と紹介する意味で)一部文章の引用があります。折り畳んでいるので,見たくない方はスルーしてください。

テーマが熱い

まず,本の裏表紙にある,あらすじを眺めてみましょう。

「美姫を守って単騎敵中翔破,1万2千キロ。やれるかね?」レヴァーム皇国の傭兵飛空士シャルルは,そのあまりに荒唐無稽な指令に我が耳を疑う。次期皇妃ファナは「光芒五里に及ぶ」美しさの少女。そのファナと自分のごとき流れ者が,ふたりきりで海上翔破の旅に出る!? ——圧倒的攻撃力の敵国戦闘機群がシャルルとファナのちいさな複座式水上偵察機サンタ・クルスに襲いかかる! 蒼天に積乱雲がたちのぼる夏の洋上にきらめいた,恋と空戦の物語。

この通り,この本のテーマは大きく「恋」と「空戦」。
熱い,熱すぎる。

大半の男性は一度はパイロットや宇宙飛行士に憧れたことがあると思うのですが(個人的には,『人生ゲーム』がその原因の一端を担っているような気がしてならない),それはきっと本能的に「空を自分の意志で飛ぶこと」に漠然とした憧れがあるからです。そして不謹慎ながらも「戦い」に心惹かれてしまうのは,兵器が持つ圧倒的な存在感・美しさ・無力感と,人が生死をかけて戦うひたむきさと,「散華」の漢字にも表れるような切なさ・儚さが複雑に絡み合った「ドラマ」が容易に想像できるからです。
だから古今東西,「戦い」はすべからくドラマ性を以て人々の感動を生み,現実にあって手を伸ばすことしかできない非現実的な「空」なる舞台におけるそれは必然的に小説のテーマとしての十分条件を満たします。

そこに加えて「恋」です。今更,多くを語らずともいいですよね。

私見になりますが,人がファンタジー小説に身を投じるとき,そのファンタジーを存分に楽しむために必要なのは「それは(きっと)自分には起こりえない」という99%の諦観だと思っています。残りの1%は「自分にも起こると良いなぁ」という良い意味で子供じみた期待感。
「恋と空戦の物語」という文言はあくまでファンタジーの様相を呈しながらも,そこで描かれる等身大の人間模様を期待せずにはいられない絶妙なキーワードです。
よくファンタジーの代名詞として使われる「剣と魔法の物語」に並び立ち,勝るとも劣らぬ「恋と空戦の物語」なるジャンルを確立させた金字塔として[note]その後,別の作者から『飛べない蝶と空の鯱』シリーズが同じくガガガ文庫から出ていますがこちらも面白い[/note],この『とある飛空士への追憶』は傑作と呼ぶにふさわしい作品だと思います。

描写が上手い

ネタバレではありませんが,本文の引用があります。実際に本を読むまでは見たくない人はスルーで大丈夫です。

『とある飛空士への追憶』に限らず,「飛空士」シリーズには,これぞ小説と唸るほどの筆力を感じるシーンが数多くあります。『追憶』から,2つほど印象的だった文章を抜粋しますね。情景の描写が本当に細かくて,磨き上げられた言葉の粒子が読者の前で映像を結んでいるのかのようです。
[toggle heading=”h6″ title=”本文抜粋”] 声が響くたびに,強い力が胃の腑の底から突き上げてくる。川面に浮いた微小な粟粒を清冽な奔流が洗い流すかのごとく,シャルルの意識の表面に縫い止められていた引け目や劣等感が,その声の前に引き出されただけで力を失い,砂上の楼閣さながらひび割れ崩れ去っていく。
[/toggle][toggle heading=”h6″ title=”本文抜粋”] 濃い色の夏空を背景にして,濃密なところや希薄なところを孕んだ黄金の幔幕が垂れおり,風に吹かれ,薄いベールがめくられるようにふわりと浮いて,粒子と粒子のあいだに孕んだ日の光が水飛沫さながらにきらきらと弾けた。
[/toggle] かと思えばユーモアのある言い回しにクスリとすることも多いのが憎いところ。
[toggle heading=”h6″ title=”本文抜粋”] 神がおのれの芸術的感性を顕示するために造形したのがファナ・デル・モラルであるとすれば,神が自分にもジョークのセンスがあることを顕示するために造形したのがこのわたしだ。
[/toggle][toggle heading=”h6″ title=”本文抜粋”] 「明日も長い時間飛びますから,入ってるものは全部出しちゃってください。あ,でもそこの吸水口の近くは避けてくださいね。もし大きいのが水素電池に吸われたら,水素ガス以外のガスが抽出されてしまいますから,あははは」
飛空士がよくやるジョークを放って笑っていると,ばちーーん,と高い音とともに頬に衝撃が走り,首がねじきれるかと思うほど顔が横様を向いた。
「不躾者!」
[/toggle] 当然,空戦の描写にも力がこもっています。これは「飛空士」シリーズ全編にわたって言えることですね(実は空戦シーンに限って言えば,個人的には『恋歌』の方が手に汗握る展開だったりもします)。
[toggle heading=”h6″ title=”本文抜粋”] 砲火の轟きが全天を覆っていた。間近で炸裂弾の爆発が起き,サンタ・クルスの胴体に細かく小さな穴があく。ファナは恐ろしさに口もきけない。風防の外は炎と爆炎の地獄だ。手を伸ばせば,そこに死が待っている。
「逃げ切ってみせます。わたしを信じてください」
[/toggle][toggle heading=”h6″ title=”本文抜粋”] 敵の射撃タイミングを推し量り,撃ったと同時に左フットレバーを蹴る。機体が横へ滑って銃弾をかわす。敵はそのままシャルル機を追い越すと,大きく垂直旋回してこちらに反航してすれちがう。それから編隊の最後尾につき,前をいく十三機が銃撃を終えると再びシャルル機の後方にとりつき,首尾線を合わせて曳痕弾を撃ちかける。この円環には終わりがない。シャルルにできることは機体を滑らせて射弾を避けることだけだ。
[/toggle] なお,「恋」に関する描写の抜粋は敢えて外しています。是非,ご自身の目で,想像の中の耳で,楽しんでください。

ストーリーが素晴らしい

小説の評価をする上で外せないのがストーリー。『追憶』は全339ページという短さの中で,「恋」も「空戦」も十分に見事に描ききりました。手に汗を握る白熱した展開を超え,エンディングへと収束していく様は小説という形を持った芸術の域です(誉めすぎ?)。ボーイミーツガールの王道ともいえる展開ですが,王道は面白いからこそ王道と言われるのだと実感させられます。
答えの出ない問いに対して悩み,悩み,悩み,納得し,決断し終わっていく物語は斯くも気高く面白いのか,と読了後に溜息が漏れてしまいます。あまつさえ,まさかそれでブログを書くことになろうとは。

特に,ラストシーンはとんでもないです。一言一句,噛みしめながら読みたくなるエンディングはなかなかお目にかかれません。

まとめ

上で色々書いてきましたが,まぁどんなに拙い言葉を尽くして説明したところで,実際に読んでいただかないことには始まりません。是非読んで。それしか言えません。

ちなみに,出版は2008年と結構昔です(当然,今でも色褪せず燦然と輝いています)。
そのためか,なかなか書展で新刊を見つけることは困難なようです[note]実は今回読み直すに当たって本棚を探したのですが,どうやら人に貸してしまっているようで見当たらず,再購入しました。それなりに大きな駅の本屋に数軒行きましたが見つからなかったので,最終的にBOOKOFFでの購入です。[/note]。
BOOKOFFで探してみても良いですが,読んで絶対後悔しないので, Amazonで購入するのが楽かなと思います。
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全5巻ですが,1巻だけリンク張っておきます。
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ふと空を見上げてそこにロマンを感じるあなたなら,きっとこの小説を楽しめるはずです。

以上,レビューでした。
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