読了『ものの見方が変わる座右の寓話』

2019/12/08読了。
最近はすっかり冬めいて随分と寒い朝が続いているわけだけど,本日めでたくコタツがお役目復帰した(半年振り)。

この本を手に取ったのは11月末,会社の所用で大阪出張に行ったある日のこと。晩ご飯を食べてホテルに戻る最中にちょっと大きめの書店があり,ついふらっと入ってみたらちょうどその書店で展開中だった”Discover 21″社の企画棚の陳列がそれは見事で,「何か買わないと」と思ってしまいこの本を手に取ったという次第。
というわけで完全なる衝動買いなわけだが,書店の企画棚を作る人は人をやる気にさせる天才だなぁと思った瞬間だった。
ちなみにどうでもいいけど「人をやる気にさせる天才」なるワードはとある漫画中で語られる台詞で,私の中では最上位に勲する褒め言葉のつもり。今まで特にマークしてなかったけど,このとき急にD21社のことが好きになってしまった。どうした。

さて,本書のテーマはタイトル通り「寓話」だ。
有名どころだと「北風と太陽」「酸っぱいブドウ」「三人のレンガ職人」など全部で77篇の寓話と,その解説が収録されている。77篇もあるので全300ページ超。結構ゼイタクな寓話集だ。

以下では,私が特に気に入った寓話と私なりの解釈を紹介する。
寓話のタイトルで検索すると,サイトごとの解釈が違っていておもしろいかもしれない。

京の蛙と大阪の蛙

[aside type=”boader”] 京に住む蛙はかねてから大阪見物をしたいと思っていた。春になって思い立ち,街道を西向きに歩いて天王山に登った。
大阪に住む蛙はかねてから京見物をしたいと思っていた。同じ頃,思い立ち,街道を東向きに歩いて天王山に登った。
京の蛙と大阪の蛙は頂上でばったりと出逢った。互いに自分の願いを語り合った後,「このような苦しい思いをしてもまだ道半ばだ。この分では彼の地に着いた頃には足腰が立たないようになるだろう。ここが有名な天王山の頂上で,京も大阪も一眼で見渡せる場所だ。お互いに足をつま立てて背伸びをしてみたら,足の痛さも和らぐだろう」。両方の蛙が立ちあがり,足をつま立てて向こうを見た。

京の蛙は「噂に聞いた難波の名所も,見てみれば何ら京と変わらない。しんどい思いをして大阪に行くよりも,これからすぐに帰ろう」と言った。大阪の蛙は「花の都と噂に聞いたが,大阪と少しも違わぬ。おれも大阪に帰る」と言い残し,のこのこと帰った。両方の蛙は向こうを見た心づもりであったが,実は目の玉が背中についているので結局は古里を見ていたのだ。
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なんとも切ない話だ。
教訓としては「早合点するな」の一言で片付いてしまうが,解説の中で触れられていたことがちょっと面白い。
あなたがいま美術館にいて絵画を見ている最中だとしよう。その絵にはタイトルがあり,もしかしたら解説のパネルもあるかもしれない。そんな時,あなたは多分まず絵を見て,タイトルを見てほぅと漏らし,解説を読んでへぇと言ってから,最後に絵画自体を一瞥して次の絵画へと足を進めるだろう。
いわば美術館あるあるだが,これも「早合点」の一種だ。「わかりやすい」文章や表現は,時として「わかった気にさせる」だけであることも銘記しておいて損はない。
ちなみに,「〇〇という現象に名前をつけたい」という現象を「ルンペルシュティルツヒェン現象」という。名前があると安心してしまうんだな,ということがよくわかる。

ナスルディンのカギ

[aside type=”boader”] ナスルディンという男が自宅前の土の上で這いつくばって探し物をしていた。友人が来て「何を探しているんだ」と尋ねた。
「カギだよ」とナスルディンは答えた。
そこで友人も膝をついて一緒にカギを探し始めた。なかなか見つからないので,友人は「どこでカギを失くしたかを正確に言ってみろ」と聞いた。
「家の中だよ」とナスルディンは答えた。
「それなら,なぜ外を探しているんだ」
「家の中よりも,ここの方が明るくて探しやすいからさ」
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アホみたいな話だ。
でもこれは笑い話のようで,現実にも起こり得る話。とくに新規事業開発とか,自分にとって「明るくない」分野へも積極的に挑戦する必要がある。
前例がないからこそ「暗く」,そこに「成功のカギがある」ものだと覚えておきたい。

大きな岩と小さな岩

[aside type=”boader”] 「クイズの時間だ」。教授はそう言って,大きな壺を取り出し教壇の上に置いた。その壺に,彼は一つ一つ岩を詰めた。壺が一杯になるまで岩を詰めて,彼は学生に聞いた。

「この壺は満杯か?」。教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」。そう言いながら教授は,教壇の下からバケツいっぱいの砂利を取り出した。その砂利を壺の中に流し込み,壺を揺すりながら,岩と岩の間を砂利で埋めていく。そしてもう一度聞いた。「この壺は満杯か?」。学生は答えられない。一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。教授は「そうだ」と笑い,今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後,三度目の質問を投げかけた。

「このつぼはこれで
いっぱいになったか?」
学生は声を揃えて,「いや」と答えた。教授は水差しを取り出し,壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのか分かるだろうか」
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なかなか示唆に飛んでいそうな寓話。
そのままに文意を解釈すると「予定は工夫次第でいくらでも詰め込める」という根性論になりがちだが,実際は逆説的である。
つまり,「大きな岩を先に入れない限り,それが入る余裕はその後は二度とやってこない」ということ。
では人生における「大きな岩」とは何か? 大事なものは見えない。自分の中での優先順位は,何度も確認してもしすぎるということはない。

ひばりの引っ越し

[aside type=”boader”] 春先になって,ひばりが麦畑に巣をつくった。
初夏のある日のこと,大勢の村人たちが麦畑にやってきて,「そろそろ,みんなで麦を刈らなきゃいかんなあ」と話していた。これを耳にしたひばりの子どもが「お母さん,麦刈りが始まるから,引っ越しをしようよ」と言った。しかし,ひばりのお母さんは「まだ,大丈夫よ」と答えて平然としていた。

数日たってから,三人の村人が麦畑にやってきて,「ぼちぼち,麦を刈らなきゃいかんなあ」と話していた。これを耳にしたひばりの子どもは「お母さん,もうダメだよ! 麦刈りが始まってしまうよ」と叫んだ。しかし,ひばりのお母さんは「まだ,大丈夫よ」ととりあわなかった。
さらに数日後,今度は村人が一人だけでやってきて「じゃあ,ぼちぼちやるか」とつぶやいた。そこではじめて,ひばりのお母さんは子どもに言った。
「さあ,逃げましょう」
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つまり,「みんなでやろう」という掛け声は当てにならないのだ。
「他のやつは知らんが俺一人でもやるぞ」という熱意があって初めて,現場は動くのだという話。
願わくは,その1人であらねば。

吊るされた愚か者

[aside type=”boader”] 一人の罪人が王様の前に引き出された。王様は彼に言った。「おまえには二つの選択肢がある。一つは絞首刑,もう一つはあの黒い扉の向こう側で刑を受けること。さあ,どちらを選ぶ?」。罪人は即決で絞首刑を選んだ。
絞首刑が執行される直前,罪人は王様に質問した。「教えてください。黒い扉の向こう側には何があるんですか?」。王様はその質問をはぐらかすように言った。「面白いのお。わしはどの罪人にも同じように二つの選択肢を与えるんじゃ。だが,ほとんど全員が絞首刑を選ぶんだ」
「王様,教えてください。あの黒い扉の向こう側には何があるんですか。どうせ私は誰にも教えることはできませんから」。罪人は首に掛かったロープを指した。
おもむろに王様は口を開いた。「自由だよ。自由」。王様は繰り返した。「たいていの者は,よほど道への怖れが強いんだろう。絞首刑のほうに飛びついてしまう」
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なかなか現実の世界で絞首刑を課される事態にはならないだろうが,この寓話が言わんとするところは日々の人生における決定の連続に関係する。
一般的に人間は「利益を得ること」よりも「損失を避けること」の方を重視する傾向がある(行動経済学の用語で「プロスペクト理論」と言う)が,この寓話は「既知を捨て未知に挑む」ことの重要性を説いている。

何千年の前,アリストテレスは「すべての徳は二つの悪徳の間の頂である」と言ったらしい。一方の悪徳は「向こう見ず」であり,もう一方は「臆病」という名前がある。臆病であってはならず,かといって向こう見ずでもいけない。その間の頂にある勇気を持って人生を進めよ,と言っている。
しかし人間は無意識のうちに「向こう見ず」よりも「臆病」に近い位置で意思決定をしてしまいがちである。それゆえに,意識的に「向こう見ず」に寄っていく心の縁があるといいのだが,この寓話はその一つのサポートになる気がする。

まとめ

実はこの本,章が以下のように15に分かれている。

  1. 視点と視野と視座
  2. 幅広い認識としなやかな思考
  3. 思慮深さと正しい判断
  4. 聡明さと創造的な仕事
  5. 強い組織の精神
  6. 働く姿勢と働く意味
  7. 正義の心と共同体
  8. 科学技術と社会の関わり
  9. 人生の道理と「有り難う」
  10. 欲望との付き合い方
  11. 学びの心得と学ぶ理由
  12. 挑戦と持続可能性
  13. 自分の物語の描き方
  14. 生と死のつながり
  15. どんなときでも「ものは考えよう」

古今東西の寓話をこれだけの体系にまとめるのは大変な苦労だったと思うが,おかげで読者としてはすっと頭に落としやすい。
ちなみに私は「12. 挑戦と持続可能性」の章が好きだ。

肩肘を貼らずに読める本なので,ぜひ手に取ってもらいたい(特に,「偉人の名言集」みたいなものに救いを求めがちな人;私もそう!)。
もしかしたら,心のつっかえがちょっと楽になるかもしれない。